異文化コミュニケーション

今回は、平成15年10月に行われた日本語教育能力検定試験の「試験T」から、異文化コミュニケーションに関連する問題を取り上げますが、まず、異文化(間)コミュニケーションとは何か、ということを説明しておきましょう。

異文化間コミュニケーションには、inter-cultural communicationとcross-cultural communicationがありますが、前者は単に「異文化同士のコミュニケーション」という意味なのに対し、後者はより交流を重視したコミュニケーションです。

アメリカなどの大学で研究されているのは主に前者のinter-cultural communicationですが、日本社会でよく取り上げられているのは後者のcross-cultural communicationの方です。cross-cultural communicationの中で特に重要な研究分野はconflict resolution(conflictの解決)と呼ばれますが、これは例えばビジネスの場面や結婚生活などでconflict(争い、論争、摩擦、軋轢)が生じた場合、それを解決しようとするものです。


異文化間コミュニケーションを研究するにあたって、verbal communicationとnon-verbal communicationとの文化ごとの比較をする必要があります。verbal communicationはご存知のように言葉によるコミュニケーションです。Non-verbal communication(非言語コミュニケーション)はジェスチャーや声によるものだけだと誤解している人が多いのですが、実はこれには以下のもの全てが含まれていて、非常に面白い研究分野なのです。

対人
コミュニケーション
・チャネル

音声的 1) 言語的(発言の内容・意味)
2) 近言語的発現の形式的属性
 a. 音響学的・音声学的属性
 (声の高さ、速度、アクセントなど)
 b. 発音の時系列的パターン
  (間のおき方、発音のタイミング)
言語的
コミュニケーション
非音声的
3) 身体動作
 a. 視線
 b. ジェスチャー、姿勢、身体接触
 c. 顔面表情
4) プロクセミックス(空間の移動)
 対人距離、着席位置など
5)人工物(事物)の使用 
  被服、化粧、アクセサリーなど
6) 物理的環境 家具、照明、温度など
非言語的
コミュニケーション

対人コミュニケーション・チャネルの分類
(出典:『社会心理学特論』放送大学大学院テキスト)

一方、verbal communicationは文法、語彙の選択、発想、論理性などの違いに現れる文化の研究で、社会言語学とも関係があります。特に面白いのは発想です。

例えば、新幹線に乗ってトイレに入ると、「便器に物を捨てないでください」という注意書きがあります。それを直訳すると、”Don’t throw things in the toilet.”となりますが、この英語を読んで意味が理解できるのは日本語のネイティブスピーカーだけで、それは、日本語のネイティブスピーカーの持つ発想(shared cultural assumption)から行間を読んで上記の日本語の意味を理解しているからです。

上記の文の英訳を見ると、”Please dispose of non-paper objects in the receptacle provided”となっていました。これを日本語に訳すと「紙以外の物は備え付けの容器に捨ててください」というふうになります。こういった、「〜するな」ではなく、ダイレクトに「〜しなさい」というのも「英語的な発想」の一つです。この日本語は、日本語のネイティブスピーカー以外の人でも、上級レベルの日本語学習者だったら理解できます。もっとも、「紙以外の物は便器に捨てないでください」という注意書きも別のトイレで見つけましたが、これも曖昧かつ不親切で、「じゃあどうすればいいのか?」という質問を予想した配慮がなされていません。

また、同じく新幹線のチケットカウンターへ行くと、「毎度ご利用ありがとうございます」というnoticeがありますが、それを直訳すると、”Thank you for using the Shinkansen again.”となります。ところが、そのnoticeの英訳は”Thank you for the ticket purchase.”となっています。正確さ、論理性の点からこの二つを比較してみてください。すると、「初めて新幹線に乗る人がいるかもわからないのに十把一絡げに「毎度」と言ってもいいのか?」、「まだ乗ってもおらず、利用してもおらず、チケットを買いに来ただけなのに、「ご利用」というのはおかしくないのか?」という疑問が起こってきます。上記のような日本語も日本語のネイティブスピーカーの発想(shared cultural assumption)から来ており、直訳すると日本語のネイティブスピーカー以外の人にはわけのわからないものになってしまいます。この「毎度」は商人の使う決まり文句で、”every time”や”again”のような意味はありません。

同様に、新幹線に乗ったときに聞く放送の「本日新幹線をご利用いただきまして、ありがとうございます。」の英訳は”Welcome to the Shinkansen. This is Hikari…”となり、「本日も」は文字通りの意味をもたない日本語であることがわかります。