問4は、選択肢に使われている用語はすべて、何のことだかさっぱりわからない、という人もいるのではないかと思います。正解は4の「発達の最近接領域」で、これはZPD(Zone of Proximal Development: 最近接発達領域)とも呼ばれ、ヴィゴツキー独自の発達理論で最も重要なものの一つとして知られています。

彼によると、子どもの能力には彼らが単独でできる事柄と、大人などの助け(ヴィゴツキー理論に依拠する多くの研究者は、この手助けを「スキャホールディング:scaffolding(=足場掛け)」と呼んでいますが、これが問5の正解です)を借りてようやくできる事柄があり、その間には発達する可能性の秘められたZPDという領域が存在するということです。つまり、周囲の人々との相互作用から子どもは新しい能力を獲得し、その結果、ZPDの水準が引き上げられて発達が起きる、というのが彼の主張です。

問4の選択肢の1と3は言語習得論の用語です。1の「i +1」(アイプラスワン)は、クラシェンの唱えた「入力仮説(インプット仮説)」で使われている語です。インプット仮説というのは、言語習得を促進するためには、理解可能なインプット(comprehensible input)を十分に受けることが必要である、という考え方です。インプットというのは、学習者に何らかの形で入ってくる目標言語の情報のことですが、理解可能なインプットとは、学習者の現在のレベルより少し高い段階のインプットのことで、「i +1」のインプットだとされています。「i」というのは現在の学習者のレベル、「+1」はそれより少し高いレベルを表します。

選択肢3の「臨界期」は、言語の習得が容易になされる時期の期限のことで、具体的な臨界期の年齢は7歳から13歳までいろいろな説がありますが、この時期を過ぎると学習が困難になる、という仮説を「臨界期仮説」といいます。


問5の正解は前述したように4の「スキャフォールディング」ですが、これだけが、知識がなくても消去法で解ける問題だといえそうです。1の「インプット」は前述したとおりですが、言語習得論を知らなくても、「相互行為の中で学習を支援する行為」ではなさそうだ、と見当がつきます。2の「アセスメント」と3の「シミュレーション」も同様の理由で不正解だとわかるでしょう。

ちなみに、「シミュレーション」というのは、言語教育では、現実の社会的活動を授業の中で模擬的に行うことで、社会で実際にありそうな問題を取り上げ、その問題を目標言語を使って解決していく活動です。例えば、議員や住民がごみ焼却場建設の是非について討論したりするのを真似て、学習者がそれぞれの立場に立って発言するのもシミュレーションです。


問6も、知識がなければ当てずっぽうで答えるしかないような問題です。注意しなければならないのは、ヴィゴツキー理論との関連性が最も低いものを選べ、、という問題文をよく読んでいなければ、知識があっても間違える、ということです。時間がなくてあせっている場合でも、問題文は必ずよく読みましょう。

答えは1の「言語相対論」ですが、これは一般的には「言語相対性仮説」または、「サピア・ウォーフの仮説」と呼ばれています。これは文化人類学者のサピアとウォーフが唱えた仮説で、「思考とは、頭の中で言語を操作することである」と考え、言語の構造が人の認識の仕方、考え方を規定しているとしています。

選択肢の2と3はヴィゴツキーに関連する重要な用語で、2の「状況的学習論」は問2の解説で取り上げました。3の「社会文化的アプローチ」は、ヴィゴツキーの影響を受けた人々が唱えた理論ですが、彼らは、人間の心理や発達は人間を取り巻く社会、文化的な状況とともに考えるべきだと主張しました。


ここまでお読みになって、「ああ、難しい」と思われた方も多いと思いますが、言語教育に関心を持っていらっしゃる方は、あくまで授業という実践を念頭においてこの分野を学習していただきたいと思います。例えば、心理学研究の流れや人間観の変遷を、教授法や教室活動の理論的背景とともに整理した上で、その理論が授業でどう活用できるのかを自分なりに想像してみる、というように、理論と実践を結びつける発想が重要です。

次回は、日本語の文法と日中対照言語学に関連する問題を取り上げ、木南法子が解説いたします。


 

[参考文献]
日本国際教育支援協会
   『平成15年度 日本語教育能力検定試験 試験問題』桐原書店 2004
アークアカデミー編『合格水準 日本語教育能力検定試験 用語集』凡人社 2002
『2004年度版 日本語教育能力検定試験 合格するための本』アルク 2003
『月刊日本語―日本語教育能力検定試験対策講座
       第2回 異文化理解関連(2)』2004年2月号 アルク
海保博之他編著『日本語教育のための心理学』新曜社 2002
迫田久美子著『日本語教育に生かす第二言語習得研究』アルク 2002
高見澤孟他著『新・はじめての日本語教育1 日本語教育の基礎知識』アスク 2004